チベット問題

オリンピックを目の前に控えた中国当局を、チベットの人権問題が目の前を飛びまわるハエのように悩ませています。
 今回のチベットの、中国に対する人権抑圧の抗議行動は、燎原の火の如く世界中に広がっていますが、それを見ると、聖火リレーに合わせて前もって周到に計画されたように思えます。ただ、当初の穏健な抗議行動だけでは済まず、チベット人のナショナリズムに火を点けて、かなり過激な状況を作り出しているようです。それだけ、中国当局および漢人のチベット人に対する抑圧が強いのかもしれません。
 中国政府が何と強弁しようと、そもそも問題は1950年中国軍がチベットに軍事侵入し、武力により併合(中国共産党による封建体制からの解放)したことにあります。ただそれがなかったらチベットがどうなっていたかを考えてみると、状況は現在と変わらないか、あるいはより悪くなっていたかもしれません。軍事介入がなかったとしても、共産主義を標榜するチベット人の一派が形成され、ゲリラ化し、内戦状態になり、さらに悲惨な国内情勢となっていたかもしれません。あるいは、産業、経済がままならず最貧国に停滞していたかもしれません。
 しかしそれでも、チベット人は現在の状態に我慢ならず、自由を求めているのです。チベットを支配する中国政府の強権政治、新しい鉄道(青蔵鉄道)ができて押し寄せる漢人の資本家(商人風情かもしれません)による貧富の差の拡大等がチベット民族の誇りの琴線を揺さぶったのでしょう。
 解決のためにこれからどうしたらよいのでしょう。独立は無理です。これだけ世界中に向けて面子をつぶされた中国当局は絶対にチベットを許さないでしょう。また中国と離れれば、経済的には立ち行かなくなるでしょう。やはり、チベット人代表者と中国当局とが話し合い、チベット人を主体とするチベットの自治がより許されるような政治体制を構築してゆくのが最も穏当でしょう。
 そのためには、世界がオリンピックを外交カードとして中国に圧力をかけることも一つの方法かもしれません。ただあまりやりすぎると、中華思想に染まった中国政府をより強硬な態度にさせてしまう懸念もありますが。
 日本政府はアジアの一員として、その仲介をとる資格はあると思うのですが、ダライ・ラマは先頃インドの亡命先から成田を乗継としてアメリカへ行ってしまいました。
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投稿日:2008年4月16日  カテゴリー:未分類

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